【回想】中小ブラックvs俺

新生活、仕事が決まった。

 

彼女はずっと得意で続けてきた経理関係の仕事。

税理士事務所の経理担当だ。

もちろん税理士ではないが、職場が職場なだけに、流石、と思った。


俺はというと、

車が好きだからという理由で自動車板金塗装業に就いた。

なんじゃそれ、って言われるところだろう。

 

好きこそ物の上手なれ、とか意識したのはある。
仕事でも休日でも車を触れるのは良い環境だと思い込んでいた。


周りから言わせると、整備士になればいいじゃん、ディーラー行けばいいじゃん、となるが、
整備士資格が無い俺には選択できなかった。


整備士資格は聞きなれたコトバだし身近に感じるが、実は国家資格。

筆記試験・実技試験があり、

独学で筆記をクリアしても実技の方は

現場と同じモノ、つまりクルマを目の前に出され、

それではココの分解から組立までやって下さいと言われるのだ。

 

例えるなら冷蔵庫、エアコン、家屋でも何でもいい、

分解して組立までが実技試験。

 

そんなものネットに書かれてはいないし、実際に組み立てるときの知識やコツなんかもある。

そんな 技 は、独学で出来ないわけだから、

専門学校で実技授業を受け、実技試験を免除の上で、整備士の資格が取れる仕組みだ。

言い換えれば筆記だけで資格を取れるのはお金を払って学校に行った者のみ。
かじった程度の者を整備士にさせてはくれないのだ。


で、どうだろう、今どき未経験を雇ってイチから付きっきりで教え、資格まで支援する整備工場は有るかは、いうまでもない。

 

 

板金塗装業には資格が無い。

が、求人は主に経験者のみ。

これもまた門が狭い業種だ。

未経験可、という記載をしていたのが後に俺が働く小さな工場だった。

面接の場で、仕事が決まった。

正社員を前提に採用しますとの話もいただけた。

 

当時必死だった俺は嬉しかった。

何より、彼女が一番喜んでくれた。

2人揃ってこれから本当のスタートだ。

 

 

だがそれは実に、

実に黒い会社だった。

 

若者チャレンジ制度という行政主導の中小企業向け助成制度。

アルバイトから正社員に登用し半年経過した場合に数回に分けて総額150万円の助成金を受け取れるシステム。

 

1日のトレーニング内容の日報に加え、

1週間ごとの感想文を書いてくれと社長に言われた。

それは、社長が押印するのみの、行政に提出する資料だった。

 

アルバイト採用されて正社員になった途端、残業代が支払われなくなった。

よくよく考えたら、雇用契約書なんて貰っていない。

聞いたら他の社員も貰っていないそうだが、それがどうした?と言わんばかりの態度に何も言えなかった。

 

朝から働いてどう考えても終わらない仕事、

深夜3時までやった事だってある。

夜10時はザラだった。

パソコン目の前にイスに座って、ではなく、

クルマ目の前に体を使って、の仕事でだ。

帰る頃には腰もやられてそのまま大の字に倒れることもあった。

時間が時間なだけに彼女は当然寝ているがとりあえず帰ってきたのだと安心する。

 

辛かった。

 

ーやりがい、あるだろう?

ーできたとき、おもしろいだろう?

そんな、思いやりとも皮肉ともとれる社長の発言で更に疲労した。

 

同時期に広まった言葉が、やりがい搾取だ。

 

・客を取るために安く提供する。

・そのぶん、回転率を上げる。

これだけであれば、この仕事はマクドナルドかよ!ってツッコミも入れられるのだが、

 

・だが、出来はどこよりも丁寧、確実、上質であれ。

・リピーターには更なる値引きを。

 

社長は文字通り、安かろう・良かろうを実現させようとしていた。

それを人(従業員)の手で。

悪魔のような人間だ。

 

給料に反映されない。

残業代はほとんど変わらない。

むしろ残業をやればやるほど計算が合わなくなる。

月残業ピークで、換算時給400円。

深夜手当すら行方不明。

 

 

ー 俺の22時以降は、1時間400円の価値しか無いらしい。

 

 

社長の方針により残業が増える悪循環。

初売りさながら、事務所のホワイトボードは順番待ちの客の名前。

 

社長はろくにキーボードも打てやしないくせエクセルに奮闘、と思いきや気づけばyahoo!ニュースを開いて事務所に籠っている。

工場は誰1人休む暇なく働いている。

が、そこに1つとして志気は、無い。

 

 

一人前の板金塗装職人になってやる。

あの先輩みたいに良い仕事をする。

 

あの頃の志はとっくに消えていた。

 

先輩の顔は俺が入社したときのそれと違う。

俺自身も、顔が死んでいた。らしい。

 

 

叱咤激励。

褒め合い。

傷の舐め合い。

愚痴で盛り上がる深夜の1時間・・・

 

 

宗教的な言動が増えてきた社長に、会社に、縋ってまでもなお得られるものはあるのだろうか。

 

この会社にとどまる必要なんて無いのだ。

 

先輩も、彼女も賛成してくれた。

会社をやめる。

 

俺は最後に残業代の事を問い詰めた。

すると事務所の引き出しから初めて見る雇用契約書が出てきた。

 

基本給(見込み残業代含む) の文字と、

押していないはずの俺の押印。

 

余裕の表情の社長を目の前に、頭に血が昇ってくるのが自分でも分かった。

 

だがこれで最後だ、冷静に、なにせ

こちとら事務所に侵入して俺の自筆の日報、勤務時間を全て控えている。

給与明細と答え合わせをすると何もかもが合わないのは、

答え合わせをしなくとも分かる。

 

・少なくとも半年の勤務時間は控えている事

・そちらで対応がなければ 法 的 に どうしようかという事

を伝えたところ余裕の表情も一変。

たいそうご立腹なようであった。

 

話し合いの末、実質の示談金を受け取った。

 

正直なところそれでも半分足りないのだが、

この会社を通して先輩に育ててもらった事も事実であるから、それで終わりにしようと決めた。

スマホで録音していたボイスレコーダーが表立って活躍する時は来なかった。

 

 

最後の最後に、勝ち取った。

 

いや、然るべきものが然るべきところへ来ただけの事だ。