所詮は底辺の人間

妻と喧嘩した。


お互い似た性格のためだろう

同じところでぶつかり、引かない。

真っ向勝負だ。

俺から言わせてもらえば極力は理論でぶつかるようにしているつもりだが、

妻は感情論でしかない。

女は生理や妊娠出産等の性モルモンバランスの崩れが原因で感情が不安定になると解明されているし、そうなんだろうな、とは思う。

ここでいう「思う」とは「理解している」とは別物だ。
経験できないものだから。

よくその手のネットでも話題になるが、男に「理解してほしい」の女の意見は上記の理由によってそもそも成り立たないのであって、更にいえばそれで以って感情的爆発をしても構わない理由にもならないだろう。

もちろん、男側も配慮の努力はすべきだが、配慮することが当然だと女から押し付けるのは如何なものかと思うのだが。

 

俺は俺のことを「理屈っぽい奴だな」と言う奴らの事は

逆に「足りねー奴だな」とアタマの中で言い返している。

俺は世間一般的に見ればメンドクサイ奴なんだ、きっと。

 

 

今はちょうどお盆時、妻の実家に帰省している。

自分の実家は訳があって後日顔を出す程度にする。

実家に帰る、という考えは毛頭無い。

 

まさか妻の実家で義両親の前で妻に嫌気がさして夜に飛び出るなんて自分でも思っていなかった。
俺も結局は感情的になってしまった。

車も無い。自転車も無い。

無意識に財布とスマホは持ち出したが、タクシーに乗る気もない。

 

アタマが冷えるまで

地元の夜道を一人でひたすら歩いた。


ここは昔働いた会社の通勤ルートだった。

去年帰省したとき仲間とここで飲んだな。

ここはよく遊んだ友人の実家、もう真っ暗だが友人のかっこいい車がボディカバーを纏っているのが見えたからあいつはまだ愛車を大事に乗り続けているのだろう。

高校の通校ルート。

放課後に隠れて煙草を吸った神社の境内。

今でも蛙と鈴虫の歌謡合戦がしつこい遊歩道。

立地の悪いTSUTAYAはとうとう潰れた。

そしてダメ押しで隣にできたコンビニ。

渋滞回避に使える信号機の無い生活道路。

転げそうになるくらい急な坂。

街灯がひとつ、その先の暗闇のその先の街灯。

古い踏切、雪が積もる季節の通学手段だった電車。

初めて出来た彼女の母校。

古い商店。

そして、俺の実家。

 

なんてことだ。

20km歩いていた。

スマホを見ると時計はあれから3時間も経とうとしていた。


実家に来たはいいが、そもそも実家が原因で俺は家を出たのだ。

泊まるわけにもいかない。家を目の前にしてまた歩き始めた。

だが時刻は0時をまわっている。

どこへ行くか?

どこまで歩くか?

どこまで歩けるか?

この無駄な根性ゲーム。

ようやくどうしようもない事をしている自分に気がついたが、寝泊りする場所なんて無い。

幸いなことに帰省どきもあって財布の中には金はある。

ホームレスごっこはしてくてすむ。

 

そして、この文章はネットカフェの個室から書いている。

朝のワイドショーが面白い。

既に朝になっているが、外はあいにくの、いや今の俺にちょうどいい雨模様だ。

辛うじて充電残量を保っているスマホには妻からの着信履歴に、兄からの着信履歴。

妻の実家と、兄夫婦と、どうやら早朝から騒ぎになってそうだ。

 

経過はどうあっても結果がこのざま。

自分が起こした事。

妻のために帰るつもりはないのだが、まだ5ヶ月の息子のために帰らないと。

妻の両親に合わせる顔がないがどうしようもない。

 

本当に、理屈っぽいクズな人間だ。

飛び降りる勇気も無い。

【回想】中小ブラックvs俺

新生活、仕事が決まった。

 

彼女はずっと得意で続けてきた経理関係の仕事。

税理士事務所の経理担当だ。

もちろん税理士ではないが、職場が職場なだけに、流石、と思った。


俺はというと、

車が好きだからという理由で自動車板金塗装業に就いた。

なんじゃそれ、って言われるところだろう。

 

好きこそ物の上手なれ、とか意識したのはある。
仕事でも休日でも車を触れるのは良い環境だと思い込んでいた。


周りから言わせると、整備士になればいいじゃん、ディーラー行けばいいじゃん、となるが、
整備士資格が無い俺には選択できなかった。


整備士資格は聞きなれたコトバだし身近に感じるが、実は国家資格。

筆記試験・実技試験があり、

独学で筆記をクリアしても実技の方は

現場と同じモノ、つまりクルマを目の前に出され、

それではココの分解から組立までやって下さいと言われるのだ。

 

例えるなら冷蔵庫、エアコン、家屋でも何でもいい、

分解して組立までが実技試験。

 

そんなものネットに書かれてはいないし、実際に組み立てるときの知識やコツなんかもある。

そんな 技 は、独学で出来ないわけだから、

専門学校で実技授業を受け、実技試験を免除の上で、整備士の資格が取れる仕組みだ。

言い換えれば筆記だけで資格を取れるのはお金を払って学校に行った者のみ。
かじった程度の者を整備士にさせてはくれないのだ。


で、どうだろう、今どき未経験を雇ってイチから付きっきりで教え、資格まで支援する整備工場は有るかは、いうまでもない。

 

 

板金塗装業には資格が無い。

が、求人は主に経験者のみ。

これもまた門が狭い業種だ。

未経験可、という記載をしていたのが後に俺が働く小さな工場だった。

面接の場で、仕事が決まった。

正社員を前提に採用しますとの話もいただけた。

 

当時必死だった俺は嬉しかった。

何より、彼女が一番喜んでくれた。

2人揃ってこれから本当のスタートだ。

 

 

だがそれは実に、

実に黒い会社だった。

 

若者チャレンジ制度という行政主導の中小企業向け助成制度。

アルバイトから正社員に登用し半年経過した場合に数回に分けて総額150万円の助成金を受け取れるシステム。

 

1日のトレーニング内容の日報に加え、

1週間ごとの感想文を書いてくれと社長に言われた。

それは、社長が押印するのみの、行政に提出する資料だった。

 

アルバイト採用されて正社員になった途端、残業代が支払われなくなった。

よくよく考えたら、雇用契約書なんて貰っていない。

聞いたら他の社員も貰っていないそうだが、それがどうした?と言わんばかりの態度に何も言えなかった。

 

朝から働いてどう考えても終わらない仕事、

深夜3時までやった事だってある。

夜10時はザラだった。

パソコン目の前にイスに座って、ではなく、

クルマ目の前に体を使って、の仕事でだ。

帰る頃には腰もやられてそのまま大の字に倒れることもあった。

時間が時間なだけに彼女は当然寝ているがとりあえず帰ってきたのだと安心する。

 

辛かった。

 

ーやりがい、あるだろう?

ーできたとき、おもしろいだろう?

そんな、思いやりとも皮肉ともとれる社長の発言で更に疲労した。

 

同時期に広まった言葉が、やりがい搾取だ。

 

・客を取るために安く提供する。

・そのぶん、回転率を上げる。

これだけであれば、この仕事はマクドナルドかよ!ってツッコミも入れられるのだが、

 

・だが、出来はどこよりも丁寧、確実、上質であれ。

・リピーターには更なる値引きを。

 

社長は文字通り、安かろう・良かろうを実現させようとしていた。

それを人(従業員)の手で。

悪魔のような人間だ。

 

給料に反映されない。

残業代はほとんど変わらない。

むしろ残業をやればやるほど計算が合わなくなる。

月残業ピークで、換算時給400円。

深夜手当すら行方不明。

 

 

ー 俺の22時以降は、1時間400円の価値しか無いらしい。

 

 

社長の方針により残業が増える悪循環。

初売りさながら、事務所のホワイトボードは順番待ちの客の名前。

 

社長はろくにキーボードも打てやしないくせエクセルに奮闘、と思いきや気づけばyahoo!ニュースを開いて事務所に籠っている。

工場は誰1人休む暇なく働いている。

が、そこに1つとして志気は、無い。

 

 

一人前の板金塗装職人になってやる。

あの先輩みたいに良い仕事をする。

 

あの頃の志はとっくに消えていた。

 

先輩の顔は俺が入社したときのそれと違う。

俺自身も、顔が死んでいた。らしい。

 

 

叱咤激励。

褒め合い。

傷の舐め合い。

愚痴で盛り上がる深夜の1時間・・・

 

 

宗教的な言動が増えてきた社長に、会社に、縋ってまでもなお得られるものはあるのだろうか。

 

この会社にとどまる必要なんて無いのだ。

 

先輩も、彼女も賛成してくれた。

会社をやめる。

 

俺は最後に残業代の事を問い詰めた。

すると事務所の引き出しから初めて見る雇用契約書が出てきた。

 

基本給(見込み残業代含む) の文字と、

押していないはずの俺の押印。

 

余裕の表情の社長を目の前に、頭に血が昇ってくるのが自分でも分かった。

 

だがこれで最後だ、冷静に、なにせ

こちとら事務所に侵入して俺の自筆の日報、勤務時間を全て控えている。

給与明細と答え合わせをすると何もかもが合わないのは、

答え合わせをしなくとも分かる。

 

・少なくとも半年の勤務時間は控えている事

・そちらで対応がなければ 法 的 に どうしようかという事

を伝えたところ余裕の表情も一変。

たいそうご立腹なようであった。

 

話し合いの末、実質の示談金を受け取った。

 

正直なところそれでも半分足りないのだが、

この会社を通して先輩に育ててもらった事も事実であるから、それで終わりにしようと決めた。

スマホで録音していたボイスレコーダーが表立って活躍する時は来なかった。

 

 

最後の最後に、勝ち取った。

 

いや、然るべきものが然るべきところへ来ただけの事だ。

【回想】仙台でのスタート

勢いで来た仙台市、田舎者からすると都会的だった。

当然といえば当然なのだが…

中心地はビルで覆われ、行き交う人、人、人

夜は青葉城跡から見下ろす夜景が素晴らしかった。

思えば、仙台に遊びに来たときは決まって青葉城跡から夜景を見たものだ。

 

どうにかこうにかアパートを探して契約したのが、青葉区の外れにある、駅まで徒歩5分、まだ建設中の物件。

新築はたまたまで、条件に合う物件がそこだった。

 

彼女は駅から中心地まで行き、ビル街で働く。

自分はアパートの駐車場を借りて、車で仕事に行く予定。

何とも無謀、上記の予定だけでアパートを契約した。

 

仕事にありつくまで各々の貯金で生活するつもりだった。

2人で持ち出した貯金を合わせれば、1ヶ月以上は普通に生活はできる計算。

 

が、何と彼女は新生活初日、貯金は実家に置いてきたと告白したのだ。

それも、高速道路の道中で。

 

耳を疑った。

聞き直すとなんでも、家を出る直前、妹と喧嘩になり妹に言われるがまま母親に通帳をそのまま渡してきたらしい。

 

彼女と付き合ってはじめて本気で切れた瞬間だったかもしれない。

 

彼女は通帳を置いてきたとはいえ確かに不本意そうではあったが、

そんな事、いや、

不本意かどうかなどは最早どうでもよかった。

 

持ってくるはずの通帳が無い事実こそが計画上ありえなかったのだ。

 

かなり怒鳴った。

と同時に、幸先の悪いスタートに焦りもした。

 

俺が働いていた地元の職場では退職金制度があったのが幸いではあるが、それでも勤続年数なぞ数年で受け取った金額もたかが知れている。

 

生活できるのか不安だった。

ハナシがちがう…。

彼女は、、

彼女は、どういう思いで通帳を置いてきたんだろう。

 

散々喧嘩してどうにでもなれってヤケになったのか。或いはヤケついでに世話になった親への挨拶のつもりだったのか。

 

勢いで住居まで決めたものの、仕事が見つかるまで収入は無く生活費だけが消えていく事が、

不安じゃないのか。

 

常識的に考えて、仕事を決めてから住居を決めるべきだが、離れた都市に行くわけだ。

田舎で仕事しながら休日が来るたびに仙台に出向いて職業安定所に通うか?

田舎はそもそもが薄給だ。仕事を吟味しすぎて安定所に行く回数が多くなれば、それは車のランニングコストを膨らませる事にもなる。

仙台通いが長引けばそれだけで田舎1ヶ月の給料は消える。

現実的ではないだろう。

それを踏まえた上で、俺なりに考えて無謀ながらも最短と思う方法がとにかく住む事だった訳だが

結果これ。

 

正直裏切られた気分だった。

 

女ってそれだけで武器になる。

その場の気分で散財したとしても、隣の男を頼ればいいのだから。

泣いて縋る事だって出来てしまう。

なんだかんだ言って内心は、男は稼ぐもんだと思っている。カネを持ってきてくれるものだと、どこかで、そう思っている。

確かに間違いじゃない。

だがそこには決定的に、まず自分でなんとかしようとする意識が欠落している。

そうでなければ、通帳を置いてくるはずが無いのだ。

もし俺がいないとして、1人で県外に行くとして、

これから出発だというときに通帳置いてくる奴なんかいないだろう?

 

 

彼女はようやく理解したのか、何回も謝ってきた。平謝り状態だった。

道中だったが引き返して通帳を取りに行っても構わない、とまで言った。

喧嘩の末とはいえそれを置いてきたのは結果的に自分なのだから、人にあげたものを返せと言う事と同じだ。

 

怒りは収まらないが、どうにもならないので許した。

いや、許したフリをしていただけだったんだろう。

 

俺の貯金だけが頼りだった。

 

 

 

初めての県外生活、同棲生活、

とにかくがむしゃらだった。

幸い、お互い仕事は見つかった。

働きアリだって休みたい

蟻の世界は興味深い

 

蟻塚という1つの社会のなかで

 

次の子孫を遺す女王アリのためだけに

 

何千、何万もいる働きアリが

今日もせっせと餌になるものを探しては蟻塚まで運ぶのだ。

 

それはまるで一斉出社からの外回りをして

ノルマを稼ぐことのみに精を出し

退社する頃 上の者に報告書を出す様に似ている。

 

 

蟻は物理を超越している面がある。

着水しても浮かび、足を巧みに動かしては陸に戻る。溺れとは無関係だ。

ビルの屋上からであろうと、高さ634mの塔であろうと、飛び降りたところでケガの1つもなく着地する。

これらは、余りにも蟻が小さく軽いからなせる事であって、

重力とか体重とか加速度とか空気抵抗とか加算していったところで

公式上においてもその数値は蟻の場合はすぐに頭打ちとなる。

結果、痛くも痒くも無い訳で、

なんだ、焦って飛び降りちゃったよ!

でまた餌を探して帰るのだ。

 

これまた何の応用もきかない雑学だが面白い。

 

 

また1つ興味深い話がある。

 

働きアリと言うからには、四六時中せかせかと働いているかと思うがそうでもない。

 

7対3の割合で、何もせずブラブラとサボる奴も出るのだ。

それはまるで勤務時間中にも関わらず

今日もノルマ行かねーよ…

なんてぼやきながらコンビニの外でタバコを吹かしている営業マンの姿に似ている。

 

更に面白い事に、サボる奴は決まって同じ奴、という事でもない。

全員なのだ。

 

蟻にとってご馳走ともいえる巨大な虫の死骸を運びたい。

到底運べない大きさのそれを前に1匹の蟻が手間取っているとき。

ーこれ運びたいっす!

ーヨッシャ!今手伝うぜ!

と、みるみるうちに仲間がそれを囲って協力して運び出す。

 

だが、それもいつまでも続かない。

やがて痺れを切らした・または飽きてきたのか

数匹の蟻は協力する事をやめ、知らん顔でその場を離れる。

ところが、どこからやってくるのか新参の蟻がその穴をカバーするかのように協力するのだ。

実はこの新参たち、外野でサボっていた連中だ。

先ほど知らん顔で離れた連中はただブラブラとサボり始める。

 

この現場において、

いやどの現場でも、

蟻社会すべてにおいて、

7割が働いている間、残りの3割はサボるのだ。

それが8対2になろうものなら、8側のうち1は働くのを辞め、

それが4対6になろうものなら、6側のうち半分は働きだす。

 

これは人間が推測するに、働きアリが10割すべてフル稼動して皆んな同時期に過労死かなんかしてしまうと

女王アリどころか蟻社会すら終わってしまうからではないかと言われている。

適度な息抜きが働く者にも必要だといったところか。

 

哺乳類等のように鳴いたり、モーションジェスチャーも使わないアリ。

コミュニケーション無しにしながらも、

コミュニティ・蟻社会を維持している。

説明のしようが無いのだが大変上手くできている。

 

【回想】人生選択

時間をくれとは言いつつ、

1日、また1日と重ね、

Aさんのアタックは変わらないどころか増していった。

まだ待ってくれと言うたび、Aさんは無言で泣いていた。

申し訳なるぐらい。

たぶん、俺の知らない間にだって悲しんでいただろう。

何せ、良いともダメとも言われず、中途半端なままだった。

不安な毎日だったろう。

 

 

気持ちは固まっていた。

 

要するに待ってほしいのもTさんに別れを告げる時間が欲しいのだ。

 

1週間が経ち、Tさんと会った。

そもそも別れ話はメールでも良い、それなら時間も必要無いが、せめて面と向かって話すこと。

それが筋だと思っていた。

ケジメだと思っていた。

 

もちろん自分がした事は分かっているから

顔を引っ叩かれても構わないと思っていた。

 

 

「話って何?急に…」

 

彼女は空気を察していたのか、1週間ぶりに会うにも関わらず暗いトーンで話しかける。

 

ー好きな人ができた。本当にごめん

 

「…分かった。」

と一言だけ、その場から彼女は去った

 

その余りにも呆気ない終わりに拍子抜けした。

と同時に押し寄せる

自責の念…良心の呵責…

とまで言うと、さも偽善者だが。

こうやって別れを告げるのは初めてで自分自身予想もしていなかった。

 

彼女が居なくなったあと、メールが届いた。

 

短い間でしたが貴方と過ごした時間は無駄でした。さようなら。

 

…その通りだ。

 

俺は、誰かを傷つけて自分の我儘を優先させた。

いわゆるサイテーな男に成り下がったのだ。

 

けれど今俺には応えたい人がいる。

 

Tさんとは文字通り短い間の付き合い、

手も出していなかったのがせめてもの救いのはずだ。

 

と我ながら勝手に思うようにした。

 

 

 

後日。

Aさんと会ったときに改めてこちらから告白した。

勿論、待たせて申し訳ないと一言添えて。

車で片道50キロの水族館デートをしたあとの事だった。

 

この日から憧れの人が彼女になった。

 

 

それから長い交際が始まった。

 

お互い実家住まいで、車で行き来すると少し時間はかかるが毎日のように会った。

 

彼女は俺と居る時間が安心できたようで、

当時やっていたバンドのライブで県外遠征をしたり、勤めていた会社の飲み会に出ていただけでも不安がっていた。

元彼のこともあったし浮気されるんじゃないかと不安になってしまう、と。

 

喧嘩もしたが、結局はお互いがお互いを必要として仲良くやってこれた。

 

 

俺の職場は全国展開の大きい組織だった。

と言うと聞こえは良いが内面は超薄給で、課長や支店長や部長レベルでさえ空いた口が塞がらない待遇であった。

そんな組織に居続けるのはどうなのか、と悩んでいたところに、

実家内でイザコザが起きた。

 

 

この機会だから2人で外に出て住もう、と結論付けた。

 

 

俺は彼女のほかに、愛車が手放せなかった。

自慢のクルマに自慢のオンナ、このツーショットは男の浪漫があると思っている。

 

車を手放さないで働ける都市。

 

単純だった。

東京に行こうよと言っていた彼女は最終的に理解してくれて俺についてくる、と言ってくれた。

 

宮城県仙台市

 

お互いまだ若い。

多少無理したって何とかなる、と信じた。

あるのは勢いだけだった。

 

事前に2回だけ訪れて、2回目で住むアパートを決めた。

今思うとコレですら土地勘の無い人間がやるには無謀なプランだったと思う。

 

 

不動産屋をぐるぐる回って

疲れ果てた夜の高速道路は眠くなったが

外の空気が堪らなく美味かった。

 

助手席に乗ったまま眠る彼女もまた見ていて愛おしかった。

 

次は仙台、お互いに

初めての県外生活・同棲生活だ。

【回想】憧れた人

「最終的には自分が幸せになりたいと思う方へ進むべきだと思うよ。」

 

女友達から言われた事だが

妙に納得できた。

 

世間体を気にすることと自分の幸せとは必ずしも一致しないのだ。

 

俺は悪い人間だ。だが肩は軽くなった。

 

 

 

彼女のTは住んでいるところが少し離れた場所だったから会うのは週に一回だったが連絡は毎日取り合っていた。

 

あくまで人との繋がりを増やしておきたかった自分は、

憧れ云々は抜きにしてAさんと食事する事にした。

 

平日の夕方。

 

高校以来見ていなかったAさんは

仕事終わりのスーツ姿でなんともまた新鮮な印象であった。

 

他愛もない話をした。

目の前に居るのが女性ではなく、

あくまで人の繋がりを…

というのは最早方便に成り下がっていた。

Aさんは長年付き合った彼氏に浮気されて別れていた。

 

食事を終えて外に出るとすっかり暗くなっていた。

そうだ、今日は平日だった。明日も仕事あるし…

 

「どうしよ、明日も仕事だし帰る?」

とりあえず聞いてみた。

 

「ドライブ行きたい!」

 

車を走らせて

この流れはまさか…とか思ったり

彼女が乗ってた助手席にAさんが乗ってる…とか思ったりして

変に緊張していた。

 

夜景。

田舎のドライブデートの定番。

なんてベタな、とか思っても田舎のドライブはそのぐらいしか無い。

 

タバコの火を消して、じゃあ次はどうしようか、と話しかける。

 

既に12時を回っていたがAさんは帰るとは言わない。

 

「…家くる?」

「行きたい」

 

まさか自分の部屋にあのAさんがいるなんて。

数年前の自分が予想できただろうか。

一回くらいは…

その日、憧れていた女性を抱いた。

 

別れたあと、我に返り

自分は交際中のTに対しとんでもないことをしたと思った。

 

後日、Aさんから告白された。

 

なんでも、落ち着けるからだそうだが、

いかんせんAさんは失恋直後だ。

混乱しているだけかもしれない。

それにAさんには彼女がいる事を教えていなかった。

自分自身、少しだけ考える時間が必要だった。

 

酷い野郎だが、二股関係は良くない事は知っていた。

 

悩み、

知り合いの女友達に相談したとき、

冒頭に書いた台詞を言われた。

 

本当に一緒になりたいのは

1つ上の、憧れた人だった。

【回想】青春時代2

若い  何も知らない

 

だから失敗もして、成長もする

 

自分も失敗ばかりしてきた。

 

別れと出会いを経験してきて

 

不思議と最後は美化された記憶だけ残る。

 

特に初恋は忘れないと言われるが、相手はどうだったろうか。

 

そういう時代のことは記憶の片隅に置いとこう。

 

 

社会人になり様々な人と接するうちに女の子を目の前に固まる欠点は治っていった。

完治とまでは言わないが昔の自分と比べると上出来だ。

 

Tさんと付き合ってからTさんの提案でメルアドをお揃いにした。

当然メルアドを変えると電話帳に登録している人たちに、

新しいメルアドからメール送信してその旨を伝えなきゃいけない。

 

アドレス変えました、再登録お願いします

事務的な内容で当たり障りなくメールを一斉送信する。

 

すぐにメールの受信通知が鳴った。

 

「アドレス変えたんだね、久しぶり!元気にしてた?」

 

Aさんという女性だった。

とても驚いたのを覚えている。

 

 

高校時代、憧れた人がいたが

彼女が出来てもなお、あの人と一緒になれたらなとか思ってしまって、でも目の前の彼女が好きだから

理想と現実は違うんだよな、とか思っていた。

 

 

誰からも綺麗な人、可愛い人と言われていて。

ひょんな事からアドレス交換だけはしていたが

高校から長い付き合いの彼氏もいるのは知れ渡っていて

自分には届かない存在の人。

交換して登録していたその人のアドレスは

もう4・5年前のままだから化石も同然、

どうせ新しいアドレスにしていて俺には教えていないと思っていた。

だから今回メールが届いて、さらに返事が来た事に驚いたのだった。

 

その高校時代から憧れていた1つ上の女性が

Aさんだ。

 

お互いもう社会人。

とりあえずは仲良くやっておこう、と思い半ば社交辞令のつもりでメールを送っておいた。

「今度暇なときにでも飯行こう」

 

返事はすぐに返ってきた。

「うん!それでいつにする?」

社交辞令ではなくなった瞬間だった。

 

俺にはいま付き合ったばっかりでお揃いのメルアドにもした、Tという子がいる。

 

でも、憧れた女性と会って話が出来る。

 

 

思い返すと

この時がきっかけだった。